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千葉地方裁判所佐倉支部 平成7年(ワ)349号 判決 1998年9月08日

原告

△△院

右代表者代表役員

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

長谷川正浩

大木卓

被告

乙山春子

被告

乙山夏子

被告ら訴訟代理人弁護士

瑞慶山茂

吉成直人

大川芳範

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、原告に対し、別紙物件目録一ないし三記載の土地及び同目録五記載の建物を明け渡せ。

二  被告らは、連帯して、原告に対し、平成七年一月六日から右明渡済みまで一か月金二〇万円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要(以下において、別紙物件目録一記載の土地を「本件一の土地」と、同目録一ないし三記載の土地を「本件全土地」と、同目録四記載の建物を「本件全建物」と、同目録五記載の建物を「本件建物」と、同目録一ないし三記載の土地及び同目録四記載の建物を一括して「本件全不動産」と、同目録一ないし三記載の土地及び同目録五記載の建物を一括して「本件不動産」という。)

本件は、原告が、被告らに対し、本件不動産の所有権に基づき、その明渡しを求めるとともに、不法行為による損害賠償請求として、離縁及び離婚の裁判が確定した日の翌日である平成七年一月六日から右明渡済みまで一か月二〇万円の割合による損害金の連帯支払を求めた事案である。

なお、原告の先代住職亡乙山四郎(以下「四郎」という。)に男子がなかったことから、その死後、次郎の妻である被告乙山春子(以下「被告春子」という。)が甲野太郎(以下「太郎」という。)と養子縁組をするとともに、四郎と被告春子の長女である乙山夏子(以下「被告夏子」という。)が太郎と婚姻して、太郎が原告の住職に就任したところ、その後、太郎と被告らとの間で紛争が生じ、いくつかの訴訟が提起されたが、本件は、離縁及び離婚をして太郎と被告らとは無関係になったものの、依然として太郎が原告の住職(代表者)の地位にある状況の下で、提起された訴訟である。

一  前提事実(1、2、5の事実について争いがない。3の事実について甲三六、乙二〇、二二ないし二四、二七、原告代表者、被告夏子本人、弁論の全趣旨。4の事実について甲九ないし一二、四一、四三、乙二〇、当裁判所に顕著。)

1  原告は、阿弥陀如来を本尊とし、比叡山延暦寺を総本山として、天台宗の教義を広め、儀式行事を行い、信者を教化育成し、その他正法興隆、衆生済度の聖業に精進するための業務及び事業を行うことを目的とする宗教法人であるが、その包括団体は宗教法人天台宗である。

原告の現住職(代表役員)は太郎であり、先代住職は四郎である。被告春子は四郎の妻で、××寺の住職であるが、被告夏子は四郎と被告春子間の長女である。

2  四郎は、昭和六一年一二月一七日死亡したが、同人には男子がなかったので、昭和六二年五月二七日、被告春子と太郎は養子縁組の届出をするとともに、被告夏子と太郎は婚姻の届出をし、その後、太郎は原告の住職に就任した。

太郎と被告夏子は、昭和六三年七月一六日長男五郎をもうけた。

3  太郎は、平成元年四月、五郎を被告として、嫡出否認の訴え(千葉地方裁判所佐倉支部平成元年(タ)第七号)を提起し、右訴えは、鑑定の結果等から、五郎は太郎の子であることが判明したため、取り下げられたが、被告らは、平成二年八月、太郎を被告として、離婚等請求、養子離縁請求訴訟(同支部平成二年(タ)第一七、第一八号)を提起し、太郎も、被告らを反訴被告として、離婚離縁反訴請求訴訟(同支部平成五年(タ)第二八号)を提起したところ、同支部において、平成六年三月一〇日、五郎の親権者を被告夏子と定める離婚、離縁及び五郎の養育費の請求を認容し、その余の各金員請求を棄却する旨の判決が言い渡されたが、太郎及び被告夏子がそれぞれ金員請求に関する敗訴部分につき控訴したところ、東京高等裁判所において、同年一二月一五日、被告夏子の控訴に基づき、原判決を、太郎は、被告夏子に対し、慰藉料三〇〇万円と遅延損害金を支払え、その余の請求を棄却する、増額した養育費を支払えと変更し、太郎の控訴をいずれも棄却する旨の判決が言い渡され、右判決は平成七年一月五日確定し、太郎は、同日、氏を縁組及び婚姻前の氏である「甲野」に復する旨の届出をし、同年二月二日、右離縁及び離婚の裁判が確定した旨の届出をした。

なお、右控訴審判決は、「……、太郎と被告夏子は終始打ち解けず、婚姻当初から良好な夫婦関係を築くことができないまま相互に不信感のみを募らせる状況となり、その結果婚姻関係の破綻に至ったものであり、婚姻の破綻の原因としては、双方共に円満な婚姻関係を形成する真摯な努力をする姿勢に欠けていたことが指摘できるというべきであるが、被告夏子の妊娠中に、確かな証拠もないのに、第三者に対し、右夏子の懐胎中の子が自分の子でないなどと言い触らした太郎の無神経、無思慮な行動が、被告夏子に極めて強い精神的衝撃を与えたことに加え、太郎が家庭内での被告ら家族の会話を録音テープに隠し取りするという異常な行動をしたことが被告夏子の不信感を増幅させたと考えられること、被告夏子と太郎とが平成元年一月以降別居状態となったのは、太郎が勝手に実家に戻り、住職としての職務も放棄するような行動に出たためであることからすれば、婚姻の破綻の主たる原因は太郎にあるというべきであり、太郎が別居後に五郎の嫡出否認の訴えを提起したこと及び壇家等に対し被告らの仕打ちを非難する書面を多数配布したことによってその破綻が決定的になったものというべきである。」旨認定判断した。

4  太郎は、平成四年一一月、被告春子を債務者として、物件引渡等の仮処分(千葉地方裁判所佐倉支部平成四年(ヨ)第九七号)を申し立て、平成五年一〇月六日、原告の壇家名簿・本過去帳・風誦文・木判・資産台帳の引渡しを命ずる旨の決定を得、平成六年八月、被告春子を被告として、その本案訴訟(同支部平成六年(ワ)第二八八号)を提起し、勝訴したが、次いで、原告は、平成七年一〇月一三日、本件訴訟を提起し、その後、新庫裏の建築を計画するなどしたため、被告らは、被告ら家族の生活に著しい支障が生ずるとして、平成九年、原告他二名を債務者として、建築禁止等の仮処分(同支部平成九年(ヨ)第三四号)を申し立て、同年五月八日、本案の第一審判決の言渡しに至るまで、本件一の土地の一部上に建物を建築してはならない旨の決定がなされたが、更に、原告は、本件一の土地の一部(ただし、右仮処分事件とは別の場所)上に新庫裏(1階72.86平方メートル、2階28.98平方メートル)を建築することを計画し、平成一〇年二月、被告らを債務者として、右建築を妨害してはならない旨の仮処分(同支部平成一〇年(ヨ)第一四号)を申し立てた。

5  被告らは、右離縁及び離婚の裁判が確定した後も、本件不動産を共同占有している。

二  争点

1  本件不動産は原告の所有に属するか。

【原告の主張】

原告の所有に属する。すなわち、原告は、民法施行以前から宗教団体法施行までは寺院明細帳に記載された寺院として法人格を有し、これが宗教団体法附則三二条による宗教法人とみなされ、その後、宗教法人令附則二号による法人とみなされ、昭和二九年三月一五日に宗教法人法による法人となったが、この間一貫して本件全不動産を所有してきたものであり、過去においても乙山家の個人所有や家族共同体の所有であったことはない。なお、乙山家は三代しか続かなかったものであり、江戸時代からというのは誤りである。

【被告らの主張】

実質的には被告らの所有に属する。すなわち、乙山家は、江戸時代の嘉永元年(一八四八年)から四郎までの五代にわたり、少なくとも、明治三三年の二郎から四郎までの三代にわたり、原告の住職をつとめ、私財を処分するなどして、原告のために尽力し、住職及びその寺族として本件全土地上の庫裏等に居住してきたものであり、殊に二郎が役場から得た俸給で明治三五年(一九〇二年)に、四郎が市役所から得た俸給で昭和四九年(一九七四年)にそれぞれ本堂、庫裏の建築をする等し、また、本件全建物は乙山家の生活の本拠であったことなどからして、原告の実態は乙山家(被告ら)の家族共同体であるから、本件全不動産は実質的には乙山家(被告ら)の所有に属する。

2  被告らは本件不動産につき使用借権を有するか。

【被告らの主張】

右1における被告らの主張から明らかなとおり、本件全不動産はもと乙山家の所有であったところ、乙山家は、本件全不動産を原告に贈与し、同時に、これを原告から無償で借り受けたものであり、その時期は、明治三一年、二郎が庫裏兼本堂を建築した明治三五年ころ、宗教団体法が施行された昭和一五年四月一日又は四郎が本件全建物を建築した昭和四九年ころである。仮に、本件全土地が乙山家の所有でなかったとしても、乙山家は、原告から、一郎が住職になった嘉永元年、明治三五年ころ又は昭和四九年ころ、本件全土地を無償で借り受けた。そして、右使用貸借上の権利は順次相続され、現在被告らに帰属している。

仮に、右主張が認められないとしても、被告らは、平成元年ころ、原告の代表役員代務者であった鈴木亮高(以下「鈴木」という。)から、本件全不動産を無償で借り受けた。右使用貸借は責任役員の決議がなく無効である旨の原告の後記主張は争う。

仮に、右主張が認められないとしても、被告らは宗教法人天台宗に太郎の解職請求及び懲戒請求をしているところ、それが認められる可能性が高く、かつ、被告春子は住職となる資格を有していて、原告の住職となる可能性が高いのであるから、これらの問題の結論が出るまでの間は、被告らは本件不動産につき使用貸借上の権利を有する。

【原告の主張】

本件全不動産は当初から一貫して原告の所有であったから、乙山家が、本件全不動産を、原告に贈与したことはなく、原告から無償で借り受けたこともない。鈴木は、宗教法人△△院規則一二条一項に違反して選任されたのであるから、代表権がないか、仮にあったとしても、責任役員の決議がなく、これを鈴木と被告らも知っていたから、民法九三条但書の適用により又は権利の濫用として、鈴木と被告らとの間の契約は無効である。被告らの最後の仮定主張は、使用貸借が契約であることを無視した主張であって、主張自体失当である。なお、住職の職を免ずる(罷免)には、宗教法人天台宗の懲戒規程によらなければならないところ、被告らが主張する太郎の行為は右懲戒規程の罷免事由に該当しない。

3  被告らは人格権としての生活権ないし占有権を有するか。

【被告らの主張】

被告らの本件全土地についての使用占有が、乙山家において先祖代々、正当な権原に基づき平穏・公然に開始され、現在まで継続していることからすれば、被告らは、法的に保護されるべき生活上の利益ないし占有、すなわち人格権としての生活権ないし占有権を有している。

【原告の主張】

争う。

4  本訴請求は、権利の濫用に当たるか信義誠実の原則に反し、許されないか。

【被告らの主張】

原告の実態は、右1における被告らの主張の歴史的経過・事実からして、被告らを中心とする乙山家の家族共同体であること、乙山家は、右2、3における被告らの主張のとおり、使用借権又は生活権ないし占有権を有していること、太郎が被告春子と養子縁組をするとともに被告夏子と婚姻し、乙山太郎となることを条件に原告の住職となった経緯、太郎が自己の有責を原因とする離婚判決に基づき、乙山家の家族共同体から離脱したこと、太郎は、原告の住職を辞任すべきであるところ、解職に該当する事実があり、実際に宗教法人天台宗に解職請求されていること、本訴請求が認められるとすれば、被告ら家族が路頭に迷い(××寺には庫裏がない。)、生活権が根本から破壊されること、被告春子が原告の住職になることが代々乙山家が原告を守ってきた歴史的な経過と事実に沿うこと、原告の壇信徒の圧倒的多数が被告らを支持していることなどを考慮すると、本訴請求は権利の濫用か信義則違反であって許されない。なお、原告の規模が小さいことや運営の実態が代々住職の意思によってなされてきたなどの事実からすると、原告の代表者である太郎の行為は原告の行為と同視されるべきである。

【原告の主張】

原告は、家族共同体ではなく、宗教法人法上の宗教法人である。被告らは、太郎が乙山家の家族共同体の一員となり原告の住職となったことやこの家族共同体から離脱したことを理由にあげるが、原告と家族共同体とは全く別のものであって、一方に入ったから他方に入るとか、一方からぬけたから他方からもぬけるという関係にはない。太郎は、宗教法人天台宗から住職に任命されたものであり、縁組を解消したことにより、住職の地位まで失うわけではない。離縁、離婚と宗教法人としての原告とは全く無関係である。離婚の原因は被告らのいじめである。太郎が住職を辞任すべきこと、また解職に該当することを主張するが、それに該当する事実は存しないだけでなく、辞任したり解任されたりしていない現在では権利の濫用を主張し得る理由とはならない。被告春子は、××寺の住職であるから、被告ら家族は同寺の建物に居住することができる。壇徒は、住職である太郎が寺に住込んで寺の財産を管理することを強く希望し、現在のような変則的な状況が早く終わることを望んでいる。原告は、本件不動産(境内地と庫裏)の明渡しを求めることによって原告の宗教活動を全うせしめることを目的としているのであって、被告らを害することを目的としたり、これによって不当な利益を得ようとは豪も考えていない。権利の濫用に当たるか否かの判断に際して比較考慮されるべきは、宗教法人たる原告の行為であって、原告代表者の行為ではない。

5  共同不法行為の成否及び賃料相当額

【原告の主張】

被告らの本件不動産の占有は共同不法行為を構成し、本件不動産の平成七年一月六日以降の相当賃料額は一か月二〇万円である。

【被告らの主張】

争う。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件不動産は原告の所有に属するか)について

1  証拠(甲八、一三、二二、三七の1ないし3、四七の1ないし3、四九の1、2、5、五〇、五三、乙四一)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、民法施行(明治三一年)以前から存在していたが、寺院明細帳に記載されていて、慣習法上の法人であったところ、昭和一五年四月一日宗教団体法が施行されて、同法により法人とみなされ、その後、宗教法人令により宗教法人とみなされ、更に宗教法人法(昭和二六年四月三日施行)により宗教法人となったこと、境内地、本堂、庫裏等は寺院の財的構成要素であるところ、寺院明細帳には、原告が境内地、本堂等を有している旨の記載があること、旧土地台帳上、本件全土地は原告の所有である旨記載されていること、不動産登記簿上、昭和三一年六月、本件全土地は原告に所有権保存登記されたこと、本件全建物は、昭和四九年八月ころまでに新築されたが、不動産登記簿の表題部には所有者が原告と記載されていることが認められ、右認定の事実と本件全建物は宗教法人法三条一号にいう「境内建物」で本件全土地は同条二号にいう「境内地」であることとを合わせ考慮すると、本件全不動産(したがって、本件不動産)は当初から原告の所有に属するものと認めるのが相当であり、被告春子本人尋問の結果中、右認定に反する供述部分は、採用することができない。

2  ところで、被告らは、原告の実態は乙山家(被告ら)の家族共同体であるから、本件全不動産は実質的には乙山家(被告ら)の所有に属する旨主張し、証拠(甲八、一五、二二、乙一ないし二〇、証人篠原一郎、同宝田敏明、被告ら各本人)及び弁論の全趣旨によれば、乙山家は、明治三三年以降、二郎(昭和一八年一一月一七日死亡)、三郎(昭和四八年一二月二三日死亡)、四郎(昭和六一年一二月一七日死亡)の三代約八六年にわたり、原告の住職をつとめてきたこと、住職の傍ら、二郎は町役場吏員をし、三郎は教師をし、四郎は教師、次いで市職員をして、収入を得ており、また、二郎は不動産を所有していたが、三郎は家督相続によりその所有権を取得したこと、原告には、本堂、庫裏等があったが、明治三四年一二月焼失したので、明治三五年ころ取得した農家の古家を庫裏兼本堂に改造して使用してきたため、その改築が課題となっていたところ、昭和四八年三月ころから昭和四九年八月ころにかけて、庫裏、本堂の順に立て替えられて、本件全建物となったが、その費用約二四八九万七三〇〇円のうち、庫裏の建築費用の全部と本堂の建築費用の一部は三郎と四郎が負担し、その余は原告が負担したこと、太郎と被告夏子が婚姻するに当たり、昭和六二年九月ころ、同人ら用の部屋(別紙図面の青線で囲んだ部分。未登記)が造られて、庫裏が増築されたが、その費用約五一〇万円は被告春子が負担したことが認められ、被告春子本人尋問の結果中には、本堂の建築費用は全額四郎が負担した旨の供述部分があるが、これは、本尊を安置する本堂の建築に際し、原告が何ら負担しないことは考え難いから、たやすく採用することができない。

しかし、右認定事実をもって、原告が乙山家(被告ら)の家族共同体であることは認められないから、被告らの右主張は理由がない。なお、本件全建物が原告名義で表示登記がなされていること、本件全建物が本堂及び庫裏という境内建物であること(前記1のとおり)などからすると、本件全建物は、三郎や四郎が所有権を一旦取得した上これを原告に贈与したというよりも、当初から原告所有であったものと推認するのが相当であり、また、昭和六二年の増築部分(未登記)は、被告春子が民法二四二条但書にいう「権原」を有するか否かにかかわらず、右増築部分に区分所有権が成立することを認めるに足りる証拠がないから、従前の建物に附合し、原告の所有に属したものといわなければならない。

二  争点2(被告らは本件不動産につき使用借権を有するか)について

1  被告らは、本件全不動産は乙山家(二郎、三郎或いは四郎)の所有であったところ、これを、乙山家が原告に贈与し、同時に、原告から無償で借り受けた旨主張するが、本件全不動産は当初から原告の所有であったことは前記一1のとおりであり、被告らの右主張を認めるに足りる証拠はない。

次に、被告らは、本件全土地が原告の所有であったとしても、乙山家は、原告から、嘉永元年、明治三五年ころ又は昭和四九年ころ、本件全土地を無償で借り受けた旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない(なお、明治三五年ころ取得し改造された庫裏兼本堂が二郎の所有であったことを認めるに足りる証拠はないし、本件全建物が三郎や四郎の所有であったことが認められないことは前記一のとおりである。)。

2  被告らは、平成元年ころ、原告の代表役員代務者鈴木から、本件全不動産を無償で借り受けた旨主張する。

証拠(甲一三、一九、二〇、二一、二五、二六、二八、二九の1、2、三〇、三三の1ないし5、三五、乙二〇、三五、三六、原告代表者、被告ら各本人)によれば、太郎は、平成元年一月三〇日ころ、東京都品川区所在の実家である□□寺に戻ってしまい、住職としての職務を放棄するような行動に出たため、原告の法類総代、組寺総代、壇徒総代一二名(責任役員坂巻正治、同岩井一郎を含む。)は、同年七月、代表役員代務者の選任を願い出て、同年一〇月一六日、天台座主により、法類総代である滝水寺住職鈴木が代表役員の職務権限を有する代表役員代務者に任命され、原告の職務を執り行っていたこと、被告春子は、平成元年七月得度し、平成二年六月住職となる資格を取得したこと、ところで、原告の規則では、「一一条 左の各号の一に該当するときは、代務者を置かなければならない。一 代表役員は責任役員が死亡、辞任、任期満了その他の事由に因って欠けた場合において、二月以内にその後任者を選ぶことができないとき。二代表役員又は責任役員が病気、旅行その他の事由に因って三月以上その職務を行うことができないとき。一二条1代表役員の代務者は、この寺院の法類のうちから、前条一号に該当するときはこの寺院の法類総代が、同条二号に該当するときは代表役員が選定し、天台座主が任命する。一四条 代務者は、その置くべき事由がやんだときは、当然その職を退くものとする。」と規定されていること、太郎は、平成四年八月ころ、突如として住職(代表役員)の職務を行うとした上で、同年一二月、天台宗審理局に、鈴木が原告の右規則に違反して選任されたとして、代表役員代務者解任の申立書を提出し、鈴木は平成五年二月二三日天台座主により解任されたこと、その間、鈴木は、被告らが本件全不動産を無償で使用することを黙認したことが認められる。右認定の事実によれば、原告と被告らとの間に、平成元年ころ、被告らが本件全不動産を返還の時期を定めず無償で借り受ける旨の黙示の使用貸借契約が成立したものと認めるのが相当である。

ところで、原告は、鈴木が代務者に任命された当時、代表役員は欠けておらず、規則一一条二号に該当するから、代務者は、一二条一項後段により、代表役員太郎により選定されなければならないところ、鈴木は太郎により選定されてないから、鈴木は代表権がない旨主張するが、一二条一項によれば、一一条二号に該当するときは、代表役員が選定する旨規定されていることからすると、一一条二号は、代表役員が職務を行う意思はあるが、病気等によって職務を行うことができない場合の規定であり、太郎の場合のように代表役員の職務を行う意思を欠く場合には、同条一号に該当するものと解するのが相当であるから、原告の右主張は理由がない。次に、原告は、右使用貸借は原告の決定機関である責任役員の決議を欠くから、無効である旨主張するが、甲一三、二六、四一によれば、平成元年ころ、原告には三人の責任役員が置かれていたが、それは、太郎、右坂巻及び右岩井であったこと、原告の事務は、責任役員の定数の過半数で決することになっているが、その責任役員の議決権は平等であることが認められるところ、坂巻と岩井が右代表役員代務者選任の願出をしていること、坂巻と岩井が右使用貸借に反対した形跡がないことなどに照らすと、右使用貸借が責任役員の決議を欠いたものとは認められず、原告の右主張は理由がない。

3  しかし、前提事実欄4のとおり、原告は、本件訴訟を提起して、被告らに対し、本件不動産の返還を請求しているので、遅くともその頃、右使用貸借を解約(告知)したものと解するのが相当である。

三  争点4(本訴請求は権利の濫用か信義誠実の原則に反し許されないか)について

1(一)  前記一2認定のとおり、乙山家は、二郎、三郎、四郎の三代(明治三三年から昭和六一年までの約八六年間)にわたって、原告の住職をつとめてきたが、その間、少なくとも、三郎と四郎が本件全建物の建築費用を負担し、被告春子が庫裏の増築部分の建築費用を負担するなどして、多額の私財を投じてきた。

また、被告春子は、平成元年七月得度し、平成二年六月住職となる資格を取得し(前記二2のとおり)、平成四年一〇月一六日原告の住職が兼務してきた××寺の住職(代表役員)に就任した(甲三九、乙二〇、被告春子本人)。

(二)  前提事実欄2の事実、証拠(甲一三、三五、三六、乙二〇、二七、原告代表者、被告ら各本人)及び弁論の全趣旨によれば、四郎と被告春子には男子がなかったため、四郎夫婦は被告夏子の夫として原告の住職の地位を継ぐものを迎えたいと考えており、被告夏子もそれに同意していたが、被告夏子の夫が決まらないうちに、四郎は昭和六一年一二月一七日死亡したため、その後は代表役員代務者が住職の職務を執り行っていたこと、太郎は、東京都品川区所在の□□寺の住職甲野一男の二男であるが、四郎と太郎の出身大学の教授木内堯央の紹介で、昭和六二年四月上旬に被告夏子と見合いをし、被告らの右事情を知った上で、同年五月二七日、被告春子と縁組をするとともに被告夏子と婚姻をして、乙山姓を称するようになり、天台座主から同年七月四日原告の住職に任命されたことが認められる。右認定事実、乙山家が三代にわたり原告の住職をつとめてきたこと(前記(一)のとおり)と被告ら各本人尋問の結果とによれば、被告らと太郎との間においては、太郎が、縁組及び婚姻をして乙山姓を称し、かつ、それを継続することが、原告の住職であることの条件である旨の暗黙の了解があったものと認めるのが相当である。なお、原告の住職は天台座主から任命され(右のとおり)、住職が当然に原告の代表役員に就任するものであることが認められる(甲一三)が、この事実は右認定を左右するものではない。

そして、太郎と被告夏子が裁判離婚し、同時に太郎と被告春子が裁判離縁したことは前提事実欄3のとおりであるが、前提事実欄3の事実と証拠(乙二〇、三二、被告ら各本人)によれば、太郎と被告夏子間の婚姻の破綻の主たる原因は太郎にあったことが認められ、また、離婚後直ちに、太郎は、乙山姓から甲野姓に復したことは前提事実欄3のとおりである。

(三)  証拠(甲三七の3、四一、四六、乙二〇、二一、二八ないし三〇、三二、原告代表者、被告ら各本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告ら家族は、被告ら、四郎の母(三郎の妻、明治四二年二月一四日生)、被告夏子の妹、五郎であって、小学生の五郎を除き、いずれも女性であるが、本件全建物のうちの庫裏に居住していること、太郎は、平成六年八月、本件全建物のうちの本堂南側の壁を取り壊してドアを取り付け、その鍵を自分だけ所持し、更に、平成七年一月二六日、一方的に、庫裏と本堂との境の出入口二か所にベニヤ板を打ちつけて封鎖し、庫裏と本堂を往来できないようにした(したがって、被告ら家族は本堂に入れない状況にある。)上、その頃から現在まで、本堂の水道の水を一日中出し放しの状態にしたり(そのため、庫裏の水道の水の出が悪く、風呂や炊事等日常生活に支障があるので、被告らは水を止めるよう求めたが、太郎はこれに応じない。)、同年二月、無断で、郵便局に被告ら家族全員の住所変更届を提出したり、同年三月から四月にかけて、実父母、実兄とともに、庫裏の窓ガラス、ドア或いは雨戸を叩きながら、「△△院から早く出て行け。」などと怒鳴ったり、罵詈雑言を浴びせたり、同年四月下旬、実母、実兄、大工とともに、勝手に庫裏に上がり込み、被告ら家族の私物を放り投げて部屋の内外に散乱させたため、警官を呼ぶ事態になったり、同年七月末ころから八月上旬にかけて、工事業者をして、庫裏の玄関前の植木を勝手に移動させたり、垣根を取り壊したり、プレハブ(軽量鉄骨造金属板葺平屋建25.77平方メートル。未登記)を建築させたり、同年八月から九月にかけて、実兄とともに、右プレハブに泊り込んで音を大きくしたラジオをつけ放しにしたり、被告ら家族の部屋の前で近所から苦情がくるほど拍子木を打ち鳴らしたり(本件訴訟の提起はこれらの行為後の平成七年一〇月一三日である。)、平成八年二月、実兄とともに、庫裏の玄関の柱に取り付けてあった郵便受けや国旗立てを勝手に取り外して、その跡に「乙山家は△△院とは一切関係ない。」と記載したベニヤ板の看板を取り付けたり、平成九年三月から四月にかけて、右プレハブを車庫脇に移動した上、被告ら家族の日常生活に著しい支障が生ずるような場所に新しい庫裏を建築しようとしたりした(そのため、被告らは、前提事実欄4の平成九年(ヨ)第三四号の仮処分の申立てをした。)ことが認められる。

また、証拠(甲三、一三、三八、四四、四八、乙二〇、二八、証人篠原一郎・同宝田敏明、原告代表者、被告ら各本人)によれば、原告の住職は、宗教法人天台宗の懲戒規定によらなければ、罷免されないので、被告らは、原告の法類総代及び組寺総代の同意を得て、平成七年九月、太郎を被請求人として、天台宗に対し、太郎には「懲戒に処するべき非違の行為」があるとして、太郎に住職を辞職するよう勧告するか住職を解任し、新住職に被告春子を任命することを請求したこと、現住職と先代住職の妻子との間の紛争について、原告の壇徒総代らは、中立の立場をとっているところ、右紛争により原告の宗教活動に支障はあるものの、壇徒の多くは被告らに対し同情的であることが認められる。

以上に認定の事実によれば、太郎は、実家(甲野家)の者と共同するなどして、実力をもって被告らを本件不動産から追い出すこと(自力救済)を企図したといわざるを得ない。

2 右1に認定の事実によれば、被告らの先祖、夫や父、被告春子は、住職として或いは私財を投ずるなどして原告に貢献してきたこと、太郎と先代住職の妻子である被告らとの間には、太郎が被告らと縁組・婚姻をして乙山姓を名乗ることが原告の住職(代表役員)であることの条件であるという了解があったところ、太郎は右条件を欠くに至ったこと、それにもかかわらず、太郎は、自力救済を図ったり、原告の住職(代表者代表役員)の地位にあることを寄貨として、被告らに対し、原告の権利を行使するものであることなどが認められるところ、右事実関係のもとにおいて、原告が本件全不動産(したがって、本件不動産)につき使用貸借の解約をして所有権に基づく権利行使をすることは権利の濫用に当たり許されないといわなければならない。なお、原告は、権利の濫用に当たるか否かの判断に際しては、宗教法人たる原告の行為が考慮されるべきであって、原告代表者の行為は関係がない旨主張するが、原告代表者の行為が原告の行為となるのであるから、太郎の行為や事情が関係ないとはいえず、原告の右主張は理由がない。

四  争点5(共同不法行為の成否及び賃料相当額)について

本件不動産についての使用貸借の解約が権利の濫用に当たり許されないことは前記三2のとおりであるから、被告らによる本件不動産についての占有が共同不法行為を構成するとはいえない上、本件不動産の平成七年一月六日以降の賃料相当額が一か月二〇万円であることを認めるに足りる証拠もない。

五  結論

以上によれば、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判官山口博)

別紙物件目録<省略>

別紙建物の位置(平面図)<省略>

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